LOGINお父様に婚約破棄を命じられ、わたくしは失意の中で帰国の途に就いております。 全てを伝えたことを後悔するしかない。側室については、わたくしが提案したことですのに。「フィオナ様! 上空にドラゴンが飛来しております!」 溜め息ばかりついていたわたくしに、後方の車列から大きな声が届く。 え? ドラゴンってなんですの? 飛来ってどういうことです?「嘘っ!?」 大空を覆うような影。途轍もなく巨大な影が上空から迫っていました。 どう考えても、わたくしたちの車列を狙っている。荒野を真っ直ぐに伸びる街道には、わたくしたちしかいないのですから。「姫様の馬車を前に! 兵は下車をし、足止めを!」 瞬時に近衛兵のアンナが命じます。 足止めとはそのままの意味なのでしょう。あれ程までに巨大な魔物を討伐できるはずもないのです。「アンナ、わたくしにできることはございますか!?」「殿下はこのまま乗車していてください。兵たちがどれだけ持つのか不明です。出来る限り、距離を取ります。見逃される可能性にかけるしかありません」 どうやら兵たちが助かる見込みはないみたいです。アンナは彼らを犠牲にして、わたくしを逃すつもりのよう。「わたくし、精霊術の力を女神様より与えられておりますの!」「殿下は戦闘経験などないでしょう? 付け焼き刃の戦法でどうにかなる相手ではありません。自重してくださいまし」 一瞬のあと、後方に火柱が立ち上りました。 それはまるで炎の壁。足止めをするという数台の馬車は瞬く間に焼かれています。「これは……?」 何という運命の悪戯でしょうか。 お父様に帰国を命じられていなければ、今もわたくしはクリステラ王城にいたのです。好きになった人の隣で笑っていたことでしょう。「ルカ様……」 意図せず涙が零れてしまう。 わたくしは命じられたから帰国したわけではなかったのです。お父様に考え直してもらうよう、わたくしの想いを洗いざらいぶつけるつもりでした
フィオナが王城に間借りしてから二日。 俺たちはまだ適切な関係を守っている。彼女のことも守ろうと誓った俺であるが、やはり踏み込む勇気が足りていない。 まあそれで、俺は父上ことシルヴェスタ王陛下に呼び出されていた。色々と悩ましい問題を抱えているというのに、一体何の用事だろうな?「ルカ、お前は何という馬鹿な行いをしたのだ?」 開口一番、俺は馬鹿だと罵られている。 父上、そんなことは重々承知しておりますけれど、俺だって精一杯に王子を演じているのですがね?「何事でしょうか? 俺が何をやらかしたというのです?」 まるで意味が分からない。 フィオナとはまだ何の関係もないのだ。馬鹿な行いといわれても、ピンと来るはずがない。「分からんのか? お前は聡明な人間だと考えていたのだがな……」 嘆息する父に俺は小首を傾げている。まるで想像できないのは父上が話すように俺が馬鹿だからかもしれない。「フィオナ殿下に側室を要求しただろう?」 言われて気付く。 そういや婚約早々に俺はリィナのことが好きだと言ったのだ。それでフィオナが提案をした。リィナを側室にしてはどうかと。「皇王陛下は激怒されたようでな。本日予定されていたグラハム教皇への報告も取りやめとなった」 まるで言葉がない。弁明の余地すらなかった。 やはり俺は馬鹿なのだろう。順追って伝えるべき話を二段飛ばしにした結果、王国として救世主として最悪の展開を招いている。「つまり婚約は白紙に戻された」 俺は目先のことばかり考えていたんだ。 つまりイステリア皇王陛下の心証まで考えていなかった。一人娘を嫁がせるというのに、いきなり側室を要求するのは明らかに間違いだ。即座に撤回されるのは自明の理である。「あれ程までに器量の良い姫君が第二王子で構わないと仰ったのだぞ? お前は何を考えている?」「父上、俺は本心を告げただけです。リィナを愛していると……」 弁明など意味を成さないのは分かっている。だけど、俺は伝えておきたい。俺
俺は結婚することになってしまった。 リィナが聞けば卒倒しそうな気もするけれど、それは彼女のためでもある。 どうせ時間の問題でもあるし、前倒しにして悪くなる現状は一つとしてなかった。「それでフィオナ、俺は君に頼みたいことがある」 結婚の約束をしたことだし、少しくらい要求しても構わないだろう。 戦場に出て欲しい。たった一人の後継者であることは知っているけれど。「分かっておりますわ。ルカ様のことは全て承知しておりますの。元より、戦いは覚悟しております」 前世界線で伝えたからだろうか。彼女は戦場に身を置くことを覚悟しているらしい。「ベッド上での仁義なき戦いについては……」「ちがぁぁぁう!!」 どうやら美の女神の成分が出てしまったようだ。やはり本質はシエラが語ったままなのかもしれない。「俺は君が戦場で戦うことを望んでいる。イリア様に聞いていないか? エクシリア世界は考えているよりもずっと、終末へと進んでいるのだと」「本気なのでしょうか? 大戦への参加が許可されるとは思えません……」 まあ、そう考えるわな。 俺が知る世界線でもアークライトの死が背景にあったのだ。しかし、裏を返せば、フィオナの強い意志が反映されるということでもある。 周囲を黙らせるほどの決意をフィオナが露わにしたのであれば、きっと叶う未来だと俺は考えていた。「許可されるよ。それは君次第だ……」「わたくし次第?」「俺は四月から双国立騎士学校へと入る。女神の使徒として世界を救うんだ。誰が止めたとしても、それだけは譲れない」 彼女も使徒であるのなら使命に気付いているはず。皇女殿下だからと、逃げられる道ではないのだと。「貴方様は王子殿下なのですよ? 王家の務めはアークライト殿下が成されるはず」「表向きの話じゃない。俺は王家とか関係なく、救世主として選ばれた。戦える加護を持つというのに、安全な王城で庇護されているなんて嫌だ」 俺の話はそのままフィオナにも当て嵌まる。立場と使命のどちらを取るかで、存在場所が明確になるってこと。「精霊術士が共にいたのなら本当に助かる。もし君が戦わないというのなら、俺は死を覚悟しなければならなくなるだろう」「脅しですか? それに君とかいわないでください……」 要求を投げかけるだけでは駆け引きとはいえないんだ。 よそよそしい呼ばれ方が
「どうやら、わたくしは一目惚れしたようです……」 マジっすか。 以前にネルヴァが言ってたけど、俺はやはりモテるのかもしれん。皇国一の美貌と名高い姫君に一目惚れされてしまうなんて。「あ、ありがとうございます……」「ルカ様、どうか名を呼んでくださいまし。フィオナと口にしてくださいまし!」 身を乗り出すようにフィオナ。どうやら一目惚れは嘘でもないようで、彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。「フィオナ……」「はい、わたくしはフィオナですわ! 貴方様の婚約者でございます!」 フィオナはテーブル越しに俺の手を握る。 えっと、視線を合わせづらいな。なぜなら、身を乗り出した彼女の胸元が大きく開いていたからだ。「落ち着いてください、フィオナ殿下……」「敬称は不要ですの! わたくしは貴方様の婚約者。誰よりもお慕い申し上げております。わたくしを呼ぶときには必ずフィオナとだけ口にしてくださいまし!」 敬称を付けられると悲しくなるとフィオナ。こんなにも愛される理由が分からないけれど、彼女は大真面目に語っている。「俺はまだフィオナについてよく分かっていない。だからその……」「胸のことでしたら故意ですの! まだ侍女にしか見られたことはございません!」 はだけた胸はわざとそうしているとのこと。 明らかに大きい。何がとは言わないけれど、滅茶苦茶に大きい。今すぐ国宝に指定すべきだと考えてしまうくらいに。 とても平常心でいられそうにない。前世界線において、俺はリィナの胸を見ていたけれど、フィオナのは破壊力がありすぎる。「ルカ様、わたくしを見てください!」 この姫様、積極的すぎね? 俺の相棒がノーライフじゃなければ、絶対に爆発しているところだぜ。 しかし、いつまでも視線を外しているのは悪いような気もする。 なんてか、男は度胸だ。フィオナを悲しませないためにも、はだけた胸元に俺は視線を向けるしかない。「ぅっ……!?」 嘘だろ? マジなのか、相棒? それは久しぶりの感覚だった。 これまでピクリともしなかった俺の相棒が、あろうことかこの場面で目を覚ましている。 これまでの体たらくを相殺するかのように力強く、ズボンを突き破る勢いで隆起していたんだ。 まるで聖なる丘に突き立てられた聖剣。錆び付いた俺の愛剣はそのポテンシャルをようやく発揮している。「マ
シリウスの運命を奪ってから一ヶ月が経過していた。 書き加えられた記憶のおかげで、王子殿下という重責も何とかこなせている。 しかし、本日は少しばかり戸惑っていた。なぜなら、唐突に婚約者であるフィオナが王城を訪問したというのだから。「ルカ様、背筋を伸ばして。ほら、タイが歪んでます!」 どうしてかメイドではなく、リィナが着付けの世話をしてくれている。 現状は必要以上にジャポタイを締め付けられているところだ。嫉妬の炎を燃やしているのか、リィナは俺を窒息死させようとしているのかもしれん。「苦しいって。フィオナは婚約者なのだから会いにもくるだろう?」「分かってます。でも、分かってないかも。やはり私は殿下のこと……」 独占欲が強いのは知っている。 何しろ前世界線において、リィナは浮気など許さないと語っていたのだ。現状はリィナこそが浮気相手であり、俺を咎める理由など彼女にはなかったのだけど。「リィナ、俺も君を愛している。だが、俺はフィオナのフィアンセでもあるんだ。両国の関係もあるし、無下にはできないんだよ」「分かってます。私が健常でさえあればと考えてしまうだけですわ」 この世界線において、俺とリィナは口づけくらいしかしていない。改変された記憶には肉体関係の事実などなかった。恐らく前世界線における相棒の無能ぶりが反映されているのだろう。「リィナ、俺は君を愛している……」 侍女はいない。リィナと二人きりだ。 俺は愛を語ったあと、彼女にキスをした。 どれほど世界が変貌しようと俺の気持ちは同じ。その感情を確かめるように、彼女と唇を重ねるのだった。 ドレッシングルームを出たあと、俺はフィオナが待っているという貴賓室に。 流石にリィナはここまでだ。侍女ですらない彼女の入室は許可されていないのだから。 部屋に入ると、真正面にフィオナが座っていた。 やはり美の女神の使徒。ヒロイン感を過剰に撒き散らしているような佇まいである。「初めまして、ルカ殿下。わたくしはフィオナ・イリ
徐に浮かび上がる人影。若葉色に輝くそれは間違いなく叡智の女神マルシェ様だ。 しかし、何やら様子がおかしい。マルシェ様は真っ赤にした顔を背けている。「えっと、マルシェ様……?」「あっ、ひゃい!?」 声をかけると、彼女はビクンと飛び跳ねてみせる。 いやいや、俺はかなりビビってたんだけどな。ネルヴァ曰く、圧倒されるという女神様に。「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ?」 視線すら合わせないマルシェ様に俺は微笑む。このままでは会話すらできない。ならば、俺から歩み寄るべきだろうと。「そそそ、そうですよね!? シリウスなんて痴れ者とルカ様が同じなわけありませんよね!? わたしは貴方様の下僕! 何なりとご命令くださいまし!!」 うん、ネルヴァは間違っていないようだ。 何しろ俺は既に圧倒されている。思いもしない方向からだけど。 てか、マルシェ様の腰が低すぎる。俺を慕う以前の問題じゃないか。「いや、俺は使徒ですし……」「使徒様! わたしにできることは何かございますでしょうか!?」 駄目だな、これは……。 本当に女神様はろくな人材がいない。数多あるという他の世界のように、最高神が一柱いたら良かったのにと思わず考えてしまう。「えっと、俺がすべきことって何かあります?」「滅相もございません! ルカ様のお手を煩わせるようなことは何もございませんです!」 えっと、シリウスは一体どうやってコミュニケーションを取ったのだろうな。これは俺の手に負えない女神様じゃねぇか。「シリウスには何を話されて……」「あのようなゲスに一時でも加護を与えていたなんて! ああ、申し訳ございません! 決して、わたしの本意ではなかったのでございます! わたしは初めから新緑の如き輝きを発する貴方様に惚れているのですから! お慕い申し上げます!」 どうやら俺に対する好感度が高すぎるせいかもしれない。シリウスは酷い言われようなのだから。「じゃあ、聞きますけど、リィナを助ける術はないの







